今月体験談 > 「明るいくらしへ」本文 > 蹴ってしまった
T.Y
(京都
)
この数か月、正座をして足が痛くなると、ばかなことをしてしまって…と、後悔していました。半年ほど前、二階の部屋の柱を力任せにけってしまったのです。
その時左足の甲を骨折し、松葉杖をついて通院することになりました。お医者さんにこんな時には「働きすぎるな」と注意されましたが、つえが一本でいいようになると今度は体を支えるために腕を使うのでひじが痛みだしました。
二か月後、夫に転勤の辞令がおり、転居するまでには治るかと思っていると、治りかけの足で物にぶつかってまた痛い目をしました。転居後もこんなことを再三繰り返しました。
けがをしたその日は、出張していた夫が帰宅した時、私が側にいなかったので小学六年生の娘に夫の背広をハンガーに掛けるよう頼みました。娘は二階にいた私のところへ夫の上着を持ってきて、どうや
って掛けるのかとふてくされたように尋ねました。
こんな簡単な事をわざわざ尋ねにきたのは用事を言いつけられたのが嫌だからに違いありません。この際掛け方をきっちり教えておかなくてはと、腹立たしい気分でハンガーを取りに隣の部屋へ入りました。すると突然、後ろから腰を強くけられました。
私は「娘がこんなことをするなんて」と驚くと同時に即座にけり返していました。ところがその足が柱にもろにぶつかってしまったのです。
自分でも驚きました。反射的にやったのか、意識的にやったのか、腹を立ててけり返したのだとすると本当に恥ずかしい話です。後で娘に聞くと、鴨居に手をかけて何気なく片足を振り上げたら私に当たってしまったと言うのです。
何気ない遊び気分の行為に腹を立ててけり返すような大人げないことをしたのは、中学時代体操部にいたからかな、と自分に弁解しましたが、そんな理屈は通りません。
これは持ち前の短気とかんしゃくから起きた「みしらせ」だと反省しました。でもこの出来事を自分流に解釈して反省するだけでなく、今私が本当に気付かなければならないことをお教えいただきたいと思って、「みおしえ」願いをしました。
そして、次のようなことを教えていただきました。
「子供たちが言うこと、している事について、素直にそのまま聞いていこうとする心に欠けて、自分の勘をもって決めつけをしている」
「やさしく受け入れ、受けとめようとする思いよりも、自分の言う通りにしなさいという、圧迫し押しつける思いで子育てをしている自分に気付いていきます」
こう教えられて、自分では全く気付いていなかったけれど、こんな気持ちで子供に対していたのだなぁと思いました。
自分の心の中身を教えられてからは、自然と子供に対する気持ちが変わってきました。あのままでいたらきっと「お母さんは少しも分かってくれない」
と不満を思わせ、反発させることになっていたことでしょう。
転居を前に骨折をして大変でしたが、この出来事によって子供に対する心を改めることができてよかった、あの出来事はそういうお導きを頂くための神様のお計らいだったと思いました。
足はその後すぐに階段をかけ上がれるほどに回復しました。そのことも含めて色々感謝すると共に、強くけった足が子供に当たらなくてよかった。短気な私の心ない振る舞いを通して、神様が厳しく導いてくださったのだと有り難く思っています。