今月の言葉 > 「標語解説書」から > 平成12年版 5日

自分に対する厳しさがあってこそ
子供への躾が生きてくる

 親が子供の躾(しつけ)をするのは子供の将来を思うからこそです。他人なら放っておくことでも、子供の幸福を思うからこそ口うるさくも言い、時には罰を与えるなど、力を尽くして躾をします。

 その努力が報われて、子供が日に日に変わり、年々成長してくれれば、こんなうれしいことはないでしょう。しかし親の思惑通りに子供が育っていくとは限りません。

 子供が大きくなってくれば理解力が深まって「聞き分けがよくなる」かと言いますと、むしろ素直さが無くなって親の望みに反することをしがちになります。それは自我に目覚めてきて、自分の意志を主張する力がついてきた現れではありますが、それと同時に、親を見る目に厳しさが加わってくることに


も原因があります。

 子供の側から見て、今まで無条件で尊んできた親が、実はいい加減で身勝手な生き方をしているのだと見えてくれば、親に対する尊敬の度合いが徐々に落ちていき、その分だけ躾が空回りをしていきます。

 いくら理屈を並べ立てて小言を言っても、むしろ子供の心に反発を起こさせるだけで逆効果になるかもしれません。

 親としても、自分は努力していないという後ろめたさがあれば、子供に対して迫力ある言動はできなくなり、つい妥協してしまうことになるでしょう。

 子供にだけ向上を求めるのは、そのこと自体が身勝手な要求なのです。親だとて不完全な人間なのですから、子供の向上を願うなら、子供と同程度に、


あるいはそれ以上に、自分の向上を目指す必要があります。

 欠点をすべて改めることなどできませんが、親が自分自身の問題点をしっかり見つめ、それを少しでも克服していこうと努力していれば、その真摯な態度は自然に子供の目に触れます。そのような親の姿を見るうちに、人生の大先輩を見習おうという気持ちが自ずから芽生えてきて、子供の心に向上への意欲を呼び起こすことになるでしょう。

 自分に対する厳しさがあってこそ、子供の成長を助けてやれるのです。




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