今月の言葉 > 自然誌 文章から > 平成18年 4月号 ある日の演壇から
話し上手は聞き上手
田村國光
話すときほどには
人と会話を交わすとき、自分が話す時は自分の言うことを相手に分かってもらおうと一生懸命に話しますが、相手が話している時に相手の言うことを真剣に聞いているでしょうか。
現実は自分が話すことに比べて相手の話を聞くことは疎かになっていることが多いのです。例えば相手の意見が自分の考えと違う場合、話を十分に聞かないでその反論を考えていたり、場合によっては話の腰を折って反論したり、相手が愚痴話や他人の悪口を言う場合など聞きたくないと思って他のことを考えていたり等々、自分で思っている以上に相手の話を真剣に聞いていないのです。
話すことに関しては、話し方教室などがあるように研究され勉強もしていますが、聞くことに関しては、それほど研究されていないようです。しかし、
聞くことは話すことと同じように大切です。
「話し上手は聞き上手」という諺があるように、話すことが上手な、説得力のある人は相手の話に十分に耳を傾けて聞く人です。一方的に話すのではなく、相手に十分に話させてその言葉をじっくりと聞く人が話し上手であり、こちらの言葉も真剣に聞いてもらえるのです。
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話を聞く場合に大切なことは「相手の立場に立つ」ことです。具体的に言うと「相手の言っていることをそのまま受け入れる」ということです。
「そのまま受け入れる」といっても相手の言いなりになるのではありません。相手の言葉を真剣に聞いて、そのように考えるに至った感情や心の動きを理解し、分かってあげるという意味です。
例えば、息子が会社を辞めたいと言い出したとします。この場合、まず息子の話をよく聞いて、その思いを理解して、会社を辞めたくなった感情を受け入れるのです。辞めるという行動に同意し賛成するのではありません。
会社を辞めたくなる理由は、仕事が自分に合わない、人間関係が上手くいかない、忙しすぎる、給料に不満がある等、色々あるでしょう。
そのような話を「それはお前の我がままだ」「我慢してがんばれ」「世の中とはそんなものだ」と相手の思いを無視して話を聞こうとしないで、自分の考えを押しつけて、辞めないように強引に説得することが多いのではないでしょうか。
しかしこれでは息子の心に自分の気持ちを分かってもらえなかった寂しさしか残らず、たとえその場は説得できたとしても「親父はオレの気持ちを分かってくれない」という不満の思いがつのるだけです。
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会社を辞めないように説得するなら、まず辞めたいと思うに至った心情を良く聞いて、その気持ちを理解することです。
人生経験が乏しいと、勘違いや至らぬ点や、考えの甘さがあるのは当然ですが、それはそれとして、話を真剣に聞いて気持ちを分かろうと努めることで
す。正しいか間違いか、勝手な言い分かどうかは置いて、白紙になって聞くことです。
この場合「うん、うん」と聞くだけでなく、責めるような感じを与えない質問をして、相手の気持ちを分かろうとする積極的な意志がこちらにあることを示すことも大切です。
そうすると、相手はこちらが意見を言う前に自分で自分の問題点に気付いて、反省したり考え直したりするものです。
話を真剣に聞く効用はこのように相手に自ら気付かせることにあります。
人間は真剣に聞いてくれる人に自分の思いを話していると、自然に今まで気付かなかった問題点に気付いたり、意見や忠告を素直に聞くようになるものです。
一体感を持つ
親子の場合を例に挙げましたが、他の人間関係の場合も同じことです。
要するに「聞くときは聞く立場に徹する」ことです。
簡単なことのようですが、これがなかなかできないために、コミュニケーションがうまくいかなかったり、こじれなくても良い人間関係がこじれたりしているのではないでしょうか。
相手の気持ちになって聞くだけのことを十分に聞いた時、話した相手は聞き手が自分の心を分かってくれ、理解してくれたと感じて、一体感を持つのです。話し手に一体感を持たせることが大切で、そうなった時に、はじめてこちらの意見なりアドバイスを驚くほど素直に聞いてくれるのです。
「話し上手は聞き上手」とはこのようなことを言うのです。