今月の言葉 > 自然誌 文章から > 平成16年 6月号 家庭のできごと
父からの手紙
田村雅和
♯次男の君も
十五年前、大学を卒業して就職のため東京へ出た年の秋、父から「教祖様の墓前に個人墓が新たに造成されるが、君は次男だからここに墓を建ててはどうか」と勧められ、申込書に必要事項を書いて送ってくるように言われました。
働きだしたばかりで、貯金もなく、結婚もしていないのに、お墓と言われてもピンときませんでしたが、教祖様のお墓の側に立てさせていただけるのならと、「お願いします」と返事をしました。
数日後、早く書類を送ってくるよう父が言ってきましたが、連日遅くまで会社に残っていたので、書類を書く時間がありません。それで会社で申込書を書いて、会社の封筒に入れて送りました。
封筒を買ってこようかとも思ったのですが、ついそのまま投函しました。
数日後、父から手紙が届きました。初めて受け取る父からの手紙です。「書類を受け取りました。お墓のことはお願いしておきましたのでご安心ください。書類を送ってくるのに会社の封筒を使っていましたが、もっての外のことです。金額的には些細な事ですが精神がよくありません。気付かずにやったことだと思いますが、一事が万事だから、面倒でも自分で封筒を買ってきて使うように。先祖は墓を作る書類を公私混同して送ることを喜ばれないでしょう。固いことを言うようだが一言言っておく」
厳しい口調の文面がショックでした。
それまで父に叱られるとき、私は素直に聞くことがなかったように思います。電話でなら「忙しかったので仕方なかった」とか「封筒一枚でうるさく言わないでほしい」とか、言い訳や反発をしていたと思います。
ところが、淡々と文字を連ねた手紙は、一字一字が心にしみいって、父の伝えたいことがよく理解できました。
たかが封筒一枚、後で代金を払えばいいではない
か、という思いもありました。
しかし、これは心の姿勢を問われているのです。お墓を建てることを通して、次男の自分が先祖をきちんと祀って一家を立てていこうという大事な時に表れた、心の中身を認めるしかありません。「この機会に自覚を持った生き方を」と、父は鋭く指摘してくれたのでした。
♯手紙でなければ
父は感情を排して伝えるため手紙で諭してくれたのだと思います。
先日社会に出たばかりの青年が教堂に送ってきた書類が、会社の封筒で送られてきて、十数年前の事を思い出しました。
彼も知らずにしたのだと思い、私の体験を話しました。青年は「よく分かりました」と素直に答えてくれました。
あれ以来、私は父から手紙をもらっていません。たいていの用事は電話やEメールやFAXで足ります。しかし手紙でなければ伝わらないものがありま
す。
今度父から手紙が来るのはどんな時か、恐ろしくもあり、楽しみであります。