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令和三年
今年はどういう年になるか
年間を通じて心得るべきこと
教祖年祭 教主御親教
令和三年二月四日~令和四年二月三日まで
 令和3年はどういう年であるかを書いてきました。

「令和3年この年は、潮時を読むことの難しさを知ることが大切となる一年であるということです。
 潮の目を見るという、潮と潮との間という大海の中にあっても、この潮の目は僅かな限られた幅であります。この境となるもの、この潮の目とこの潮の目、境となるものを感じ取っていくことを求められる、また感じ取っていくこと、選択することを突きつけられる、それをしていかねばならぬことが起こるという、いつもの年のように何の大きく変わることもなくうかうかとしている間に終わってしまう一年ではなく、それぞれの立場と環境に応じて、差はあっても変化の多いことになる一年であります。
 ですから難しさを知ってそれを乗り切るため、目


の前に生じてきたことは神業であり、恵み以外の何ものでもないという教えの、『一切が恵みである』の信念を動かぬものにしていることであります。(『していく』ではなく『している』です)
 変わりめの早い年にウカウカボーッと、私には関係ないという、いつも通りに何一つ暮らし方を変えようともしない無関心では通れない年を、この一切が恵みであるを腹の中心に据え、どんなに急を迫られる問題を突きつけられても、神業という御心による恵みであるを一瞬に閃かせて、ポイントポイントを自分にとってのふさわしい乗り切りをして、この難しい年を信仰を深めさせていただけたという一年にしていただけることを願います。一切が恵みである、信念が深まった一年としていきましょう」
 突然問題を突きつけられて、自分で解決しなければいけない時、逃げてはいけません。逃げる代わりに、「一切が恵みだ、神様からのお恵みだ」と思えば心が落ち着きます。
 そうすれば、動く方がいいのかじっとするのがいいのか、「私がやります」と手を上げたらいいのか


「申し訳ありません、できません」とお断りすればいいのか、自分にふさわしい心の閃きを頂けます。
「えーっ、何で」と思ったらダメです。世の中に「何でどうして」は絶対ありません。全てがお恵みです。その時嫌な事でも、神様のことから起きたこと以外には何もありません。その時痛いかもしれなくても、先に行けば、逃げずに頑張ったお陰で役に立ったということになります。
 どんなことがあっても、神様ということをパッと閃かせていきましょう。それを通して「一切が恵みである」の信念が深まった一年としていきましょう。